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南海キャンディーズしずちゃん(山崎静代)と梅津正彦とのボクシング関係

2017年6月13日(火)21時にザ!世界仰天ニュース人気芸人ウソみたいな苦労話スペシャル!!が放送されます。

その中で、南海キャンディーズしずちゃん(山崎静代)ボクシングを始め、指導役として、あるトレーナーと出会い、練習は毎日楽しくて仕方がなく、そのうち本格的にボクシングを始めるように。

そしてできた夢がオリンピック出場。過酷な練習の日々、全力で支えてくれるトレーナー。

そんなある日、トレーナーが余命半年の宣告を受けるそれでもオリンピックの夢のため、二人で歩んだ感動の物語を放送します。

南海キャンディーズしずちゃん(山崎静代)のボクシング

『あしたのジョー』を好み、ボクシングは2007年から始めた。

ボクササイズも流行っていた頃で、芸人の先輩たちも多くボクシングジムに通っていたということから興味があり、軽い気持ちで始めたという。

初めてボクシングジムに連れて行ってもらい、練習を勧められたのはロバートの山本博だった。

当初は趣味の一つとして始めたが、テレビドラマ『乙女のパンチ』への出演をきっかけに、ドラマのアクション指導を務めていたトレーナーの梅津正彦と出会い、指導を受けるようになった。

その後タレント活動も並行しながら本格的にアマチュア女子ボクシング選手としての練習を始め、2009年2月にはC級ライセンスを取得。

当初の階級はヘビー級だったが、日本国内にはヘビー級の女子選手が他におらず、なかなか試合が出来なかった。


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オリンピックを目指し

2012年のロンドンオリンピックより女子ボクシングを正式種目として採用することが決定しオリンピックを目指した。

2010年3月には『第8回全日本女子アマチュアボクシング選手権大会』で実戦の部・ヘビー級に出場したが、出場選手が山崎1人しかおらず、同階級の認定王者となった。

2011年5月、JOCが発表した女子ボクシングの強化選考選手に選ばれ、本格的にロンドン五輪を目指す事となった。9月に『第1回タイペイカップトーナメント』に出場、これが初の公式戦となったが、初戦で敗退し出場4人中3位に終わった。

その後75kgまで減量を行い、2012年2月に行われた『全日本女子選手権兼ロンドン五輪予選日本代表派遣選手選考会』ではミドル級に階級を下げて出場。

ミドル級の出場者は3人で、1回戦(準決勝)は不戦勝、初戦となった決勝戦で鈴木佐弥子に26対11で判定勝ちし優勝。この結果、2012年5月に 中国河北省秦皇島市で行われた『ロンドン五輪予選兼2012年世界女子ボクシング選手権大会』の日本代表に選ばれた。ここでアジア勢として最上位の成績を残し大陸別出場枠を獲得できればロンドン五輪出場が内定するところだったが、初戦(2回戦)ではシャフノザ・ニザモワ( ウズベキスタン)を3ラウンド1分54秒・レフェリーストップコンテストで下したものの、3回戦でアンドレア・シュトローマイヤー( ドイツ)に開始早々からスタンディングダウンを3度喫し、1ラウンド1分56秒・レフェリーストップコンテストで敗れた。

中国代表とカザフスタン代表がベスト8に進んだため大陸出場枠を獲得できず、ほかにひとつ割り当てられていたアジアの推薦枠でも選ばれなかったため、山崎はロンドン五輪出場を逃した。

しかし、女子ボクシングの競技普及に貢献したとして日本アマチュアボクシング連盟から特別表彰された。

世界選手権後は傷めていた膝の手術なども行ったが、「次の目標を考えたい」と現役続行の意向を表明。

しかし、2015年6月女子アジア選手権大会の代表に選ばれるが、8月1日に体調不良を理由に欠場を決めた。そして、体調不良を理由に欠場を決めり2015年10月15日、「体力の限界」を理由に競技から引退したことが明らかになった。


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梅津正彦

山形県立酒田東高等学校卒業。

大学中退。

高校でボクシングを始め、ソウルオリンピックを目指したが、怪我のため引退。

映画監督を志し松竹シナリオ研究所入所。

松竹大船撮影所等で映画・テレビドラマ、野村芳太郎監督の戦争ドキュメンタリー作品、七人のおたくなどの助監督を務めた。

その後ボクサーの経験を生かし、ボクシングコーチ、アクションディレクターとなる。

映画・テレビ・CM・舞台等でボクシングやアクション指導をしながら、プライベートレッスン専門で梅津ボクシング倶楽部を主宰し、ダイエット指導等も行っていた。

男子では瀬川設男・西澤ヨシノリ・大曲輝斉・杉田竜平・柴田明雄・内山高志らのチーフトレーナーを務め、高阪剛・TATSUJI・大渡博之らにもボクシングを指導したほか、女子では山崎静代の専属トレーナーとして世界レベルで戦えるまでに育てた。

2012年にメラノーマに冒されていることが判明、余命宣告も受けていたが闘病しながら可能な限り仕事を続け、ボクシングの指導も行っていた。

2013年7月23日に入院先の病院で死亡。

とても苦労したそうですね。

以上「南海キャンディーズしずちゃん(山崎静代)と梅津正彦とのボクシング関係」でした。


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