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ピーターノーマン・メキシコオリンピックの銀メダリスト…人種差別と戦った男

1968年は、日本人が初めて南極に到達した年でした。

週刊少年ジャンプが創刊され、人生ゲームが流行し、ボンカレーがヒットしました。

この年、アメリカでは人種差別がきっかけで波乱と激動が出て、多くの暴動が起こり、たくさんの人が犠牲になりました。

アメリカにとって20世紀でもっとも激動の1年ともいえる年で、ベトナム反戦運動が激化するなか、人種差別撤廃を訴え続けたマーティン・ルーサー・キングJr.牧師が暗殺された年です。

そんな中、メキシコオリンピックが開催してました。

このオリンピックの一幕からヒーローが生まれた。

そのヒーローは死ぬまで苦しみ抜いた悲しいヒーローでした。

そのヒーローの名はピーター・ノーマン。オーストラリア最速の短距離走選手で、メキシコオリンピックの銀メダリストです。

ピーター・ノーマンはメキシコオリンピックの表彰台で取ったある行動により、母国オーストラリアから無視され、ミュンヘンオリンピックで出場資格を得たのに、オーストラリア代表として出場させてもらえず、スポーツ界から引退後も家族共々社会から疎外され、生涯アルコール中毒と鬱病に苦しむなど、死ぬまで苦しみ、悲しい人生をおくりました。

ピーター・ノーマンのプロフィール

・生年月日 1942年6月15日
・出身国 オーストラリア
・身長 178cm
・体重 73kg

1968年に行われた夏季のメキシコオリンピックにおいて陸上男子200メートルで銀メダルに輝きました。



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表彰式での出来事とは!?

メキシコオリンピックで、ピーター・ノーマンと共に陸上男子200メートルでメダルに輝いたのが、トミー・スミスとジョン・カーロスが表彰台に輝きました。

ですが、アフリカ系アメリカ人のトミー・スミスとジョン・カールロスは人種差別に苦しみこのオリンピックの舞台でそれを主張したいと考え、表彰台でトミー・スミスとジョン・カーロスは靴を履かずに黒人の貧困を表す黒い靴下姿となりました。

そして、トミー・スミスはプライドを意味する黒いスカーフを首に巻き、ジョン・カーロスは白人至上主義団体からリンチを受けた人々を祈念するための祈りに使われるロザリオを身に着けていました。

そして手にはトミー・スミスとジョン・カールロスがそれぞれ片方ずつ黒い手袋をしてブラックパワー・サリュートを行ったのです。

ブラックパワー・サリュートとは、アメリカの公民権運動でアフリカ系アメリカ人の人々が行った、こぶしを高く掲げて人種差別に抗議する意味を持つそうです。

ピーター・ノーマンはなぜ批判されたのか?

ピーター・ノーマンは表彰台で黒い靴下姿だったわけでもなく、スカーフもロザリオも身に着けていないしブラックパワー・サリュートのポーズも取っている様にも見えませんでした。

しかし、胸元にOPHRというバッチを付けてました。

OPHRは人権を求めるオリンピック・プロジェクトのバッチでした。

なぜ、ピーター・ノーマはOPHRのバッチをつけたかというと表彰式の前にトミー・スミスとジョン・カールロスから黒人の人権を主張するための行動をしたいと聞いていたそうです。

その話を聞いたピーター・ノーマンは二人に賛同して一緒にバッチをつけることにを決めたそうです。


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メキシコオリンピック後

ピーター・ノーマンはこのメキシコオリンピック後、批判の対象となり銀メダル以降も1972年のミュンヘンオリンピックの予選で大会で3位になるなどよい成績をおさめているにもかかわらず再度オリンピック選手に選ばれることもなく同僚やメディアからも厄介者扱いされる事態となりました。

彼はのちにアキレス腱を痛めそれが足の致命的な損傷となり競技人生には幕を閉じその後も鬱やアルコール障害などに苦しみ、2006年に心臓発作で64歳という歳で亡くなりました。

彼は死ぬまで独りで戦い抜いたのです。

6年後の2012年、オーストラリア政府から正式な謝罪がありました。
政府は「ミュンヘンオリンピックへの出場を認めなかったいう過ちと、彼のしたことを認めるのに時間がかかったこと」と謝罪したそうです。

本来ならば英雄と呼ばれるべき人が歴史から消され、苦しみ続けなければならなかった事実と彼の悲しみは、死後の謝罪などで消えるものではないと思います。

人種差別は世界中の人、ひとりひとりがスミス選手になりカーロス選手になり、ノーマン選手になって戦わなければならない大きな敵ではないかもしれません。

スミス選手は24歳、カーロス選手は23歳、ノーマン選手は25歳でした。

若い彼らが今よりもっと厳しい状況の中、行動を起こしたのです。

私たちにもできることがあるのでは、と考えさせられます。

以上「ピーターノーマン・メキシコオリンピックの銀メダリスト…人種差別と戦った男」でした。


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